海の向こうにひらいた門――「紫の海」に寄せて

久しぶりに、ジョイントコンサートに出演させていただきます。

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今回、私が演奏するのは、
「紫の海 ―『春が来た』に寄せて」
という作品です。
そして作曲者は……私自身です。


それは、私にとっても初めてのチャレンジです。

けれども、そこに至るまでには、大きなきっかけと経緯がありました。

私はこれまでずっと、色彩と音との深い関係を感じてきました。
メルヘンマーラーとして、色、音、光が響き合う空間を求めてきたのです。

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以前のコンサートでは、「音の絵」の試みとして、自然音と曲とを綴っていきました。
そうしているうちに、色が広がり響き合う感覚と、音が響き合う感覚とが、私の中で少しずつ融合していきました。

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その過程で、私は、メジャー7の和音がもつ浮遊感と、ぬらし絵における色彩の浮遊感とが、どこか似ていることに気づきました。
そこから「虹のトポス音階」や「ぬらし絵奏法」など、さまざまな模索が始まりました。

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けれどもその間、私は、それまで弾いていた曲を弾くことができなくなっていました。
自分の内なる音の世界に耳を澄ましながらも、つかまえようとしてもつかめず、入ろうとしても入れない。
そんな時期が続いていたのです。

何かまだ、膜のような、ベールのようなものがありました。
自分の足でその内なる音の世界へ入ることを、私はためらい、どこかで怖れていたのかもしれません。

そして、その時が訪れました。

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1月10日、子どもたちの父親であるモロー氏が、ドイツで亡くなりました。
葬儀に行くこともできず、私も、18歳と13歳の娘たちも、それぞれにその事実を受け止めるしかありませんでした。

そのとき私たちは、湘南の海へ行くことにしました。
海でなら、きっとそのさまざまな思いに向き合えると思ったのです。

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すばらしいお天気の日でした。
辻堂駅から海岸へ出て、江の島に向かって裸足で歩きました。

海の波と潮と風――そのすべてが混ざり合った轟音とともに、海は広がっていました。

私には、ずっと以前、父が亡くなる前にも、父母と兄とともにこの海岸に来た記憶があります。
そのとき父は、
「親友が亡くなってから、死の世界が、この波くらい近く感じる」
と言っていました。

父の言っていたその世界が、海の波の向こうに広がっているのを、私は感じました。
その世界は、厳粛で、絶対的なものとして、そこにありました。

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父も、母も、そしてモロー氏も、そこへ渡っていってしまった。

私は波の中へじゃぶじゃぶと入っていきました。そのままそこへ行きたい、という思いまで湧き上がり、しゃがみこんで泣きました。

すると、不思議なことが起こりました。

まぶしい日差しの中で、私の目はくらみ、あたりがマゼンタ色に染まり始めたのです。

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やがてそのマゼンタ色は海の風景に溶け込み、青かった海が、どんどん紫色に変わっていきました。

紫色のインク、あるいは紫色の絵の具のような海が、うなりながら波しぶきを立てて打ち寄せています。

その赤紫は、だんだんと深まり、アメジスト色になり、さらにインディゴ色へと変わっていきました。

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そして、目とは本当に不思議なものです。

一瞬目を伏せ、ふたたびその紫の海に目を向けたとたん、白く海に反射していた光が、突然レモン色になったのです。

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それは、紫と黄の世界でした。

海の向こうにあった、絶対的な死の世界、精神の世界への入り口、

門がひらいた――私はそう感じました。

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それは、モロー氏の色の世界そのものでした。

こちらとあちらをつなぐ、境域であり、
その色が、紫と黄だったのです。

やがて目は正常に戻り、もとの青と青緑の海と空が、再び広がっていました。

私たちはそのまま波打ち際を歩き続け、やがて江の島のあたりまでやってきました。
人が増え、海岸はにぎわってきました。
私と子どもたちは、波を追いかけたり、走って砂浜に足跡をつけたりしながら、少しずつ心を落ち着かせていきました。

そのとき私は、ふと歌いたくなりました。
「春が来た」の歌です。

はるがきた はるがきた どこにきた
やまにきた さとにきた のにもきた

モロー氏は、この歌を日本語で、鼻歌のようによく歌っていました。
昨年の春、十年ぶりに子どもたちとドイツへ行き、再会したときも、うれしそうに「Ha ru ga ki ta !」と言っていました。

私が歌い始めると、子どもたちも、持ってきたハーモニカや小さな笛で一緒に合奏してくれました。
すると子どもたちが言いました。

「ママ、低い声で、一緒に歌が聞こえたよ」

私には聞こえませんでした。
けれども、歌い終わったとき、海に反射した白い光が、美しい虹色に輝くのが見えたのです。

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今度は、紫と黄は見えませんでした。
けれどきっと、モロー氏は一緒に歌っていたのでしょう。
そして、虹を見せてくれたのかもしれません。
こちらとあちらの世界をつなぐ、虹の橋を。

私にとってこの出来事は、目が生んだ生理的な補色作用だったのかもしれません。
けれど同時に、それは啓示でもありました。
境域、色彩、霊、魂、生命――これまで私が学んできたことが、ひとつに結ばれるのを感じたのです。
彼の死を通して、教えられたように思いました。

そして私は、その受け取ったものは、音の世界でなければ表せない、と思いました。
紫と黄――この色の響きを、私は二度と七度のインターバルとして感じました。
私の中で、今まで色として感じていた宇宙が、音という姿をとって現れたのでした。

今回のコンサートでは、この体験を音として綴りたいと思います。
レクイエムとして。
そして、境域をわたる小さな祈りとして。

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この作品を、今回のジョイントコンサートで初めて演奏します。
その響きに、そっと耳を澄ませていただけたら幸いです。

ジョイントコンサート
2026年4月16日(木)13:30開演
としま区民センター 小ホール(6F)

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カテゴリー:BLOG

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