時の渦巻き
このたび、新しい絵本『まいまい』を刊行いたします。
青い林檎社「色のえほん」シリーズの3冊目となる、青の本です。
この一冊が生まれるまでには、長い時間と、いくつもの季節と、たくさんの問いがありました。
私にとって『まいまい』は、私自身のこれまでの歩みが、その渦の中へと辿っていく記憶の巻物のようでもあります。

種火
絵本作家になりたいという思いは、幼い頃の幸せな絵本体験から、私の胸に残っていたのだと思います。
それが種火となってピアノの道を離れ、絵の道へ進みました。
美大時代の私は主に素描に打ち込み、茶コンテ一本で描いた《ノアの箱舟》が、私が取り組んだ「はじめの絵本」でした。
ノアの箱舟の物語で最後に出る虹は、私にとって、まさに”約束のしるし”でした。
虹の海へ
卒業後、幼稚園での勤務や水彩指導の縁を通して、シュタイナー教育の「濡らし絵」と出会い、あらためて色と向き合うことになりました。
輝き、溢れるような色の海の中で溺れそうになりながら、必死で色と関わる日々が始まりました。
私は虹の中に飛び込んだのです。
稲光
三十歳を過ぎた頃、“輪郭線に囲まれない 生きた色そのものの絵本を作ろう”
という閃きが訪れました。
そのためなら出版社も自分でつくればいい──。
子どもが「かたち」より先に「色そのもの」を全身で味わえる絵本。
そのイメージを実現する器として「青い林檎社」を立ち上げることになりました。
まるで雷の後の嵐のように、たくさんの人生の出来事が押し寄せ、私は結婚し、娘が生まれました。

りんご
そしてシリーズ1冊目、赤のえほん『りんりんりんご』(2009年)が誕生しました。
赤いりんごが、リズムある言葉で喜怒哀楽を表します。
2歳になった娘が「これ、わたし」とりんごを指さして言ったその時、
この本の「赤」という色の意味が、私の中で明らかになったのでした。

たんぽぽ
2年後に、シリーズ2冊目:黄のえほん『たんぽぽぽん』(2011年)を出版しました。
弾む言葉の響きとともに、黄の太陽のような輝きと、花が綿毛へ変わっていく命の流れを重ねました。
そのすぐ後に、あの3.11が起こりました。
原画展では余震が続き、その揺れをまだ身体に感じることができます。
そして次の年に、下の娘が生まれました。

蝸牛
3冊目は青。主人公はかたつむり「まいまい」と決めたのはその頃でした。
しかし、かたつむりと渦 そして青のテーマはとりとめなく広がり、その構想は難航しました。

転機となったのは、古本屋で手に取った柳田國男『蝸牛考』でした。
全国各地のかたつむりの呼び名の多様な響きは、まるで万華鏡のようで、
その豊かさに私は眩暈を覚えました。
やがて、耳の中にも「蝸牛」がいると思い当たり、

まいまいは、それらの呼び名を聴いているーー呼び名と雨の音が
ここで結びついたのです。
迷路
『まいまい』の構想は、かたつむりそのもののように、ゆっくりとした歩みでした。
何度もためらい、行き止まりで引き返し、別の道へ曲がりながら、
まるで迷路の中を進むようにして少しずつ形になっていきました。
それは、ただ絵本の筋書きを考えるというより、むしろ謎解きに近い作業でした。
青いかたつむりと赤いかたつむりの出会い。
雨、嵐、そして虹……。
次々に現れるイメージの断片を並べていくうちに、
その「謎解き」そのものが、やがて絵本のテーマとなっていきました。
物語は、問いかけから始まります。
――私はだれ?
いつだっけ?
どこだっけ?
だれだっけ?
そんな、どこか心もとない問いのあとで、
青と赤のかたつむりは出会います。
すき?
きらい?
好きと嫌いのあいだを行き来しながら、ふたりはことばを投げ合います。
やがて、こう問います。
なんのおと?
あめのおと……。
ふしぎな雨の音を聴きながら、青と赤の二匹は問いかけ合い、
その対話は、少しずつ物語のクライマックスへと向かっていきます。

謎解き
「まいまい」をローマ字で書くと m a i m a i
それを反転させると “i a m i a m
“Who am I?” と問い、
そのこたえは
“I am I am ” だったのです。
渦は、迷いの形であると同時に、帰っていく道の形でもあるのかもしれません。
遠回りのように見えた年月も、雨の音も、揺れた大地の記憶も、色のにじみも、すべてがこの青へと流れ込み、ようやく一つの輪を結びました。
『まいまい』は、私の「絵本の道」での問いかけとこたえが
そっと聴こえてくる一冊です。
(2025年12月1日 入稿を終えて)
*お知らせ
発行予定日は、2026年3月末
原画展を、5/2~5/6ギャラリーC a j io にて予定しています(!)
